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高岡駅前から万葉線に乗り、終点の一つ手前、海王丸駅に降りると、潮風が頬をなでる。
コンテナ船が行き交う伏木富山港(新湊地区)の一角に、白い帆を張った船が停泊している。「海の貴婦人」と呼ばれる「海王丸」である。
その「海王丸」を中心に広がる「海王丸パーク」。休日には、多くの観光客や地元の人々の憩いの場としてにぎわう。
耳を澄ませばコンテナ船に貨物を積み込む低い音、帆が風を受け布を張る音が聞こえ、岸壁に打ち寄せるかすかな波の音と子どもたちの歓声が響く。
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| 展帆作業はボランティアによって行なわれる |
富山新港の海王丸パークに浮かぶ「海王丸」は、旧運輸省航海訓練所の大型練習帆船であった。全長は97.05メートル、総トン数2,238.4トン、総帆数は29枚で面積は2,050平方メートルと、畳約1,245畳分にもなる。青い海と空の下、白い船体の上でひるがえす29枚の帆はどれも純白で、「海の貴婦人」の呼び名にふさわしく、太陽の光を浴びた姿は気高く優雅である。しかし、白く輝く「海王丸」は、一度だけその姿を変えている。
昭和5年に進水した「海王丸」は、第二次世界大戦中、昭和18年に帆装を取り外し船体をねずみ色に塗り替えられた。国内輸送の任務を負い、緊急物資(石炭)の輸送にあたるためだ。その後昭和21年からは、海外在留邦人の帰還輸送業務にあたり、約2万7千名を運んだ。昭和30年、再び帆装を取り付け、純白な「海の貴婦人」本来の姿に戻った。
昭和35年の日米修好通商百年祭をはじめカナダ建国百年祭参加遠洋航海など、太平洋を中心に航海を続け、平成元年、ホノルル・ポートアレンへの遠洋航海を最後に現役を引退した。それまでの59年余の間に106万海里(地球50周)を航海し、延べ1万1,190名にのぼる海の若人を育てた。引退後は財団法人帆船海王丸記念財団(現伏木富山港・海王丸財団)へ移管され平成2年4月より富山新港北埠頭で一般公開されている。平成6年には海王丸パークでの恒久係留が決まり、これまで多くの人々に愛され親しまれてきた。
「海王丸」では年に10回程総帆展帆が行われる。展帆作業は一般から募集された数百名のボランティアが行い、29枚の帆を全て広げ、当時の美しい姿を再現する。船長公室や士官サロンなど当時の面影を色濃く残した船内からも、大海を航海した船員たちの生活の様子を思い浮かべる事ができる。
迷路のように入り組んだ船内から外に出ると、目の前に広がる広場や親水護岸でお弁当を広げる家族連れ、釣りを楽しむ人々の姿が目に映る。磯の香りを胸いっぱいに吸い込み、思い思いに海辺でのひと時を楽しんでいるようだ。海から吹くさわやかな潮風はすべての人を優しく包んでいる。パーク内にある日本海交流センターでは世界の帆船の模型が展示されており、見る人を世界の大海原へ誘う。
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| イベント広場では花の迷路が作られていた。後に見えるのは「緑のパーゴラ」。大人数収容可能な休憩施設となっている |
平成14年、伏木富山港(新湊地区)に多目的国際ターミナルがオープンした。伏木富山港の新しい玄関口のターミナルを目指し、海外からのコンテナ船がゆっくりと通り過ぎる。整備にともない発生した浚渫土を利用して東西に埋立地ができた。海王丸パークはこの西の埋立地にある。富山新港臨海野鳥園も隣接している。東の埋立地には海竜マリンパーク(新湊マリーナ)がある。現在は東西埋立地を結ぶ新湊大橋(仮称)の建設計画が進められている。港を利用する船だけではなく、人々の行き交う交流の地となるだろう。
富山伏木港の傍らに浮かぶ「海王丸」。真っ白な帆をひるがえす姿で人々を魅了し、私たちの心を大海原へ連れ出してくれるだろう。
ほっと ほくりく06.7より
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